大判例

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福岡地方裁判所 昭和38年(わ)404号 判決 1964年3月30日

被告人 源次こと大和源次

昭五・一〇・三一生 無職

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある手紙三通(証一、五、六号)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三十年三月明治大学を中退後実父街の経営する大和炭鉱株式会社新生炭坑の監督となり、その後一時大阪府下で自ら亜炭の発掘事業を営んだこともあつたが、昭和三十三年八月頃再び右炭鉱に帰つて総務部長に就任し、傍ら実父の援助で耐火原料製造業を営んでいたものであるが、右大和炭鉱株式会社は同会社において鉱業権を有していた山田市熊ヶ畑所在の前記新生炭坑の鉱区より、隣鉱区である筑紫炭坑を経営する高倉鉱業株式会社が石炭十数万屯を不法に採掘したとして、昭和三十二年五月末頃同鉱業を告訴したが、担当検察官より示談解決方を勧告されて互にこれを諒とし、大和炭鉱側は右告訴を取下げたものゝ、その後高倉鉱業の代表取締役高倉矢一らは示談に応ずる色がないため、大和炭鉱は同年十月十八日高倉鉱業及び高倉矢一個人を相手取つて侵掘を原因とする損害賠償請求の訴を提起し、その後も再三示談の呼びかけを続けていたが、高倉側の容れるところとならなかつたので、このような右両者間の関係を打開するため、右高倉と多少面識のある被告人は、同人と会つて解決をはかる決意をし、専心これに当るため従前の仕事もやめて独り福岡市に出向き、何回となく高倉矢一に面会を求めたが、その都度言を構えて拒絶され、その後漸く高倉鉱業の常務取締役で、右矢一の次男に当る高倉哲矢と会つたものゝ、同人も全く話し合いに応ずる態度でないばかりか、昭和三十七年一月二十六日頃には、同人より右侵掘事件の経過を聞いた畠中仁外数名の者から福岡市内の旅館に監禁されるなどして、右事件から手を引くべく脅迫され、一方これより先、前記損害賠償請求の訴も、示談解決を条件として同月中に前記街においてこれを取下げるに至り、高倉側もこれに同意しながら約に反して依然その後も解決の誠意を示さず、事態は全く行き詰つた状態となつたので、これが早急な解決に焦慮し

第一、前記高倉矢一を脅迫して、右のような事態を打開し、同人をして示談に応じさせようと考え、昭和三十七年九月初旬頃福岡市下鰯町白梅荘アパート一号室の知人富川幸博方において、同人に依頼して便箋二枚に、「最後に大義名分を立てる為貴方に通告する。速に父と問題の解決をする事。期限は手紙到着の日より向う一ヶ月間。後日一切の問題を残さない様。若し解決が行はれない時は先づ次男哲臣氏を猶予する事なく射殺する。長男一矢氏も貴方も同様です。最後に必ず期日までの解決を望む」等と記載させた右矢一及びその長男一矢、次男哲矢の生命に害を加えることを内容とする矢一宛の手紙一通(証一号)を作成し、これを封書にして同年十一月二十五日頃同人宛に郵送して同月二十八日頃同市室見町一丁目五十五番地の二十の同人方に到達させて右内容を告知し、もつて同人を脅迫し、

第二、右脅迫状に対し、何らの反応もないところから、前記告知にかゝる害悪が真実実現されるものと信じさせるため、同市平尾市崎町四十八番地の前記高倉哲矢方邸内でダイナマイトを爆発させて、同人及び矢一を脅迫しようと決意し、法定の除外事由がなく、且つ福岡県知事の許可もないのに、同年十二月十七日午後七時五十分頃右哲矢方南東隅の、路面よりの高さ約二米余の石垣の上に、第二種導火線約五米を連結した新桐ダイナマイト三本を置き、右導火線に点火して同ダイナマイトを爆発させ、もつて右哲矢及び矢一を脅迫し、

第三、右脅迫行為の前日の同月十六日、前記矢一に宛て爆発物の使用を仄めかした手紙を送り、右脅迫をより効果あらしめるため重ねて同人を脅迫しようと思い、同市雑餉隈寿町二丁目筑水旅館において、便箋一枚に、「期日も近づいた。火薬は市崎の家も室見の家も吹き飛ぶ以上あります。銃弾も充分。平戸、九重、嬉野も注意!、貴方の信心する箱崎の祈る神様に頼ることです」と記載した同人の生命、財産等に害を加えることを内容とする同人宛の手紙一通(証五号)を作成し、これを封書にして同月十七日同人宛に郵送して、翌十八日頃同市平尾市崎町四十八番地の同人方に到達させて右内容を告知し、もつて同人を脅迫し、

第四、以上の脅迫が、いづれも高倉側を動かす程の効を奏さなかつたところから、更に前記矢一を脅迫しようと決意し、昭和三十八年一月十五日頃下関市唐戸町旅館幸月荘において、便箋一枚に、「期日は過ぎた。充分用心のこと拝見しています。但し限度があります。今日少し私の情報を! 例えば私の顔形ち整形手術で変えることが出来ます。又米軍のしゆうりゆう弾(手榴弾の意味)を二個貰つて居ります。一個を貴方へ郵送しましようか。一個は例えば平尾の踏切の様な所で使用します。今は貴方達と共に終る事を淋しいとも悲しいとも思いません。最后に一筆」と記載した同人の生命等に害を加うべきことを内容とする手紙一通(証六号)を作成し、これを封書にして翌十六日頃同人宛に郵送して同月十七日前記同人方に到達させて右内容を告知し、もつて同人を脅迫したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一、第三、第四の各所為及び判示第二の所為中各脅迫の点は、いづれも刑法第二百二十二条第一項(判示第一の所為は同条第一、二項)、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、右判示第二の所為中火薬類取締法違反の点は同法第二十五条第一項、第五十九条第五号に該当するところ、判示第二の高倉矢一、同哲矢に対する各脅迫と火薬類取締法違反の所為は、一個の行為で三箇の罪名に触れる場合に該当するから、刑法第五十四条第一項前段、第十条により重い高倉哲矢に対する脅迫罪の刑に従い、各所定刑中いづれも懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪なので、同法第四十七条本文、第十条により犯情の最も重いと認められる判示第二の高倉哲矢に対する脅迫罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、被告人が本件各犯行に及んだ所以のものは、判示侵掘事件を繞る実父の立場を思い、紛争解決に焦慮したゝめであつて、右事件の黒白がいづれにあるかは必ずしも明らかではないが、それはともかく、右紛争に関し被害者高倉側の被告人側に対してとつた態度にも非難すべき点なしとは言い得ないこと、被告人がダイナマイトを爆発させた所為は、公共の危険を伴う可能性なしとしない点において、罪情必ずしも軽くはないが、前示のとおり被告人は、本件ダイナマイトを設置するに当り、脅迫目的以外の実害発生を防止するため周到な配慮をし、結果的にも軽微な損害が生じたのに止まつたこと、被告人は嘗て道路交通取締法違反の廉で罰金刑に処せられたほか前科もなく、従来の経歴、素行等よりみても反社会的な傾向は窺われないし、本件侵掘問題にも今後関与しない旨明言しているので、将来再犯のおそれはないものと認められること等諸般の事情を考慮し、この際被告人を実刑に服せしめるよりか、刑の執行を猶予することにより反省の機会を与えるのが相当と認められるから、同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してある手紙三通(証一、五、六号)は、順次判示第一、第三、第四の犯行に供したもので、被告人以外の者の所有に属しないから、同法第十九条第一項第二号第二項によりこれを没収することゝし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人をして負担せしめることゝする。

(爆発物取締罰則第一条違反の訴因に対する判断)

本件公訴事実中、爆発物取締罰則第一条違反の訴因は、「被告人は判示第二記載の日時、場所において、ダイナマイトを爆発させ、高倉哲矢邸内の建造物及び窓ガラス等を損壊する目的をもつて、第二種導火線約五米に点火して爆発物である新桐ダイナマイト三本を爆発させ、以て同家母屋の窓ガラス八枚及び同家邸内の不動尊祠堂の板戸、屋根裏及び窓ガラス四枚等を損壊したものである」というのである。

そこで考えてみるに、爆発物取締罰則は我国の安寧秩序を維持し人の身体、財産を保護しようとすることを立法趣旨とし、かゝる立法趣旨から、同罰則はつとめて予防主義的な立場に立ち、その第一条にいわゆる爆発物の使用とは、同条所定の目的を達するがために、爆発の可能性を有する物体を爆発すべき状態におくだけで足り、現実に爆発することを必要としないものと解されており、(大審院大七・五・二四判決参照)これらの点から考えると、同条はその所定の使用目的を極めて重視し、この目的の下に爆発物を使用した場合には、等しく公共危険罪に属する刑法第百十七条の罪等に比して特に重い法定刑を以て臨んでいるのである。従つて右使用目的は、極めて厳格に考えるべきであつて、結果の発生に対する単なる未必的な認識、予見の程度を以ては同条所定の目的ありとなすことは妥当ではなく、確定的な認識、予見を必要とするのが、同条の合理的な解釈といわねばならない。

これを本件についてみるに、被告人がダイナマイトを使用したのは、判示認定のとおりの動機による脅迫を目的とするものであつて、被告人の司法警察員に対する昭和三十八年五月十日付供述調書及び検察官に対する同月十八日付供述調書と当公判廷における供述並びに当裁判所の前掲検証調書、香月収作成の鑑定書によると、被告人としては人畜、建造物等に爆発の被害が及ぶことをおそれ、かような被害を防止するため周到に考慮して、比較的安全な場所と時刻を選んで本件ダイナマイトを使用したものであり、右脅迫の目的以外に検察官主張の建造物及び窓ガラス等を損壊する目的を有していたことを認めるに足る証拠はない。もつとも、司法警察員作成の昭和三十七年十二月十九日付実況見分調書によると、本件爆発によつて高倉哲矢方は、その住家二階の欄間のガラス八枚と、同人方邸内にある不動尊堂のガラス四枚等が破壊されたことが認められるが、被告人としては不動尊堂については、その存在自体に気付いていなかつたことが、前掲各証拠によつて明らかであるし、住家欄間のガラスについても、被告人の司法警察員に対する前示供述調書と当公判廷における供述によれば、右ガラスが破損することについては、未必的な予見をしていたのに過ぎないことが認められるのであつて、被告人の検察官に対する昭和三十八年五月十八日付、同年五月二十二日付各供述調書のうち、右の点につき確定的な認識があつた趣旨の供述記載部分は、被告人が脅迫目的以外の実害の発生を極力避けようとしたこと等よりして、必ずしも真意の表現とは受取り難く、他に右認定の妨げとなる証拠はない。

そうだとすると、前述したところよりして、被告人には爆発物取締罰則第一条所定の目的が存しなかつたことになるので、本件所為は同条違反罪を構成しないものというほかはなく、検察官主張の前記訴因は排斥を免れないが、右は判示第二の脅迫及び火薬類取締法違反の所為と公訴事実が同一であるので、特に主文において無罪の言渡しをしない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件各犯行前に高倉側の者から監禁されることなどあつて、脅えていたうえに、被告人の素質的要素も加わつて、精神的、肉体的に平衡を失い、本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張し、証人大和街の当公判廷における証言及び当裁判所の証人安原半に対する尋問調書によると、被告人は生来多少偏執的な傾向があつた上に、少年時代高圧電流に感電して左手が不具になり、心身にシヨツクを受けたことがあり、また判示冒頭に記載したような監禁事件以来、被告人は高倉側から同様の仕打ちを受けることを恐れ、神経過敏になつていたことは窺われるけれども、少年時代に受けた右感電のシヨツクが、本件各犯行当時まで被告人の判断能力に何らかの影響を及ぼしていたことを認めるに足る資料はないし、高倉側に対する恐怖感情も、被告人の判断能力を著しく減退せしめる程に深刻かつ強烈なものであつたとは到底認められず、かえつて被告人の当公判廷における供述及びその態度と、本件犯行がいづれも計画性をもつて行われたもので、特に判示第二の犯行に際して、被告人は前示のとおり綿密周到にダイナマイトの設置場所等を選定し、極めて計画的に行動している点を併せ考えると、被告人の判断能力は正常であつたものと認められるから、弁護人の右主張は採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本富士男 森永龍彦 北村恬夫)

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